■認知度低く誤解の恐れ 投薬治療で症状は緩和
頻繁にまばたきをする、顔をしかめる、鼻を鳴らす…。そんな「癖」のある人、周りにいませんか。それは癖ではなく「チック症」かもしれない。チック症は幼児期から思春期に多くみられる脳神経系の障害。軽い場合は「癖」で済むが、重い場合は「トゥレット症候群」と病名も変わり、日常生活に支障をきたすほどになる。しかも病気に対する世間の認知は低く、本人や家族の苦しみを増している。
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■「汚言」も症状
「ワン」。犬のような大声を上げたかと思うと、座ったままピョンと飛び上がる。混雑する待合室で、少年は延々と同じ動作を繰り返していた。
「長嶺南クリニック」(熊本市月出7丁目)の岡野高明院長(52)が総合病院の勤務医だった十数年前のこと。少年は小学6年。大声も飛び上がるのもチックの症状だ。いずれも本人の意思に反して身体が勝手に動く。就寝中以外はずっと続き、ひどいときは1分間に数回の頻度で現れた。チック症が発症して3年がたっていた。
岡野院長が診た別の20代の青年は首や肩を動かすほか「バカ」「死ね」などとつぶやいていた。汚い言葉を言ってしまう「汚言症」もチック症の1つ。青年は3歳からまばたきの症状が現れ、高校入試直前には強迫性障害も併発。自宅に引きこもっていた。
少年も青年もトゥレット症候群。その後、投薬治療で症状はかなり緩和され、少年は高校卒業後に就職、青年も大学進学を果たした。
■併発の障害も
チック症は身体が動く「運動チック」と声が出る「音声チック」に大別される。運動と音声の両方の症状が1年以上続くと「トゥレット症候群」となる。
子どもの10%前後がチック症を体験するとされ、男児に多い。ほとんどは一過性で1年以内に消える。トゥレット症候群の場合は10代前半まで症状が悪化していき、10代後半には軽快するが、成人後まで残る人もいる。
原因は先天的な脳神経系の異常。ストレスなどをきっかけに発症する。
軽い場合はストレスを取り除けば症状が消えることもあるが、精神状態に関係なく症状が変化することもある。重症でも、多くは投薬治療で日常生活に支障のない程度に症状を緩和できる。
一方、原因の脳神経系異常が類似する強迫性障害や注意欠陥・多動性障害を併発する人も多い。
■正しい認識を
チック症は以前、心理的な病気との見方が専門家の間にもあった。今でも「育て方に問題がある」と親が周囲に責められ、自分でも悩み、それが親子間の新たなストレスとなって症状を悪化させる悪循環に陥りやすい。本人に「症状を止めろ」と言うのも逆効果だ。
患者や家族らの特定非営利活動法人「日本トゥレット協会」によると、チック症の子どもを「じっとしろ」としかる教諭や「親の問題」と決め付けるカウンセラーもおり「関係者は正しい認識をもってほしい」としている。
長嶺南クリニックの岡野院長は「チックがどのぐらい出やすいか、ストレスがどう影響しているかはさまざま。早めに児童精神科医などに相談してほしい」と話している。
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●もっと理解していたら チック症児の父として
小5になる私の長男が幼稚園年長組のころ突然、目をぱちぱちし始めた。両手をぶらぶらと振るようにもなった。小児科へ連れて行くと「チック症です。いずれ消えますから」。対処法は「様子を見るしかない」。原因の説明はなかった。
2年生の春、転勤で引っ越した。口の周りをペロペロとなめ始めた。口の周りは赤くただれ、出血もした。だが、なめるのを止めない。やがて「んっ、んっ」とつぶやく音声チックも加わった。
私たち夫婦はなすすべもない。妻は「しかりすぎるからか」と自分を責めた。私は「この子は精神的に弱いんだ」と思った。友だちにからかわれる場面も何度か目にした。焦燥感から長男に「なめるな」と何度も強く言った。4年生になって症状は嘘のように消えた。
今回の取材で、初めて脳神経系の異常が原因と知った。「なめるな」と言ったのが「最悪」の対応だったことも。
新聞記者でありながら、わが子の症状について独自に情報収集しなかった怠慢を恥じる。が、受診した小児科医はもちろん、何度か相談した学校の先生から適切な助言があれば、と思うのは親の責任転嫁だろうか。
一過性の軽い症状を含むチック症の子どもは一学級に数人いる計算になる。福岡市教委や福岡県教委の特別支援教育の研修講座に、チック症は組み込まれていない。 (江藤俊哉)